『パジリク絨毯』現存する中では世界最古の絨毯
一説には紀元前400~500年前頃に作られた絨毯が、1945年、旧ソ連の考古学者S.J.ルキデンコ氏によって、南シベリアのアルタイ地方のパジリ(Pazyryk)渓谷・スキタイ王族の古墳から発掘された。
そのため、「パジリク絨毯」と名付けられた。この文様はトナカイや馬を引く人物、騎士が表現された模様でそのスタイルが、アケメネス王朝ペルシア期のものと酷似しているため、当時のアケメネス王がスキタイ王国へ贈呈した一つではないかとされています。
『羊毛』の素材
羊毛の登場で進歩した絨毯
農耕牧畜時代に入ると、人類は綿羊を飼い始め、その毛が敷物にも利用されるようになりました。
まず、生まれたのが、フェルト。これは羊毛を集めて圧縮しただけの単純なものでしたが、カーペットの快適性を飛躍的に高めるものでした。やがて簡単な平織りが作られはじめ、特に古代バビロニアやエジプトでは技術がめざましく進歩して縞模様やつづれ織りの敷物が生産されました。
もう一つの素材『シルク(絹)』
絹は5~6,000年前から人と関わりがありました。絹の発祥は紀元前2,000年頃と言われています。紀元前2,000年頃、中国の妃・西陵が繭から細い糸を繰ることを発見し、次女たちに養蚕・製糸を教えたことが始まりのようです。中国ではその方法を秘密として、絹織物だけ輸出していました。このとき、中国から西方諸国へ絹を運んだ道がかの有名な、シルクロードです。
シルク(絹)は宝石と同じく、光を屈折させるので明るい光の下では光沢が増し、美しく見えます。 これは、フィブロイン繊維が三角形に近い断面と特有の微細構造を織っているため、繊維に光が当たると光が屈折・分光・干渉して和らげることから、主に王族のために織られました。
ケルマン(KERMAN)・ビジャー(Bidjar)・ナィン(Naein・Naien・Naeen)・クム(QUM)・ホラーサーン(Khorasan)・ビールジャンド(Birjand)・マシュハド(Mashhad)・トルクメン(Torkaman)・サルーク(Sarugh)・セネ(Senna)・アルデビル(Aldbil)・バクティアリ(Bakhtiari)・・・etc。
ペルシア絨毯は様々な産地で進化を遂げていき、黄金期は16世紀、最盛期はシャー・アッバス一世によって飛躍的に発展をとげましたが、その後は衰退。再度人気が復活したのは19世紀から20世紀初め激動の時代です。当時、ヨーロッパの社交界では日本文化が人気を呼び「浮世絵」、「伊万里」、「着物」などから陶磁器(マイセン)などの工芸品、絵画や建築装飾などの多岐にわたったたくさんの芸術が影響を受けました。
ペルシア絨毯が日本で本格的に販売されたのは、1980年頃からです。
欧米、とくに欧米の中でもドイツは実用品として手織り絨毯の普及率は70%を超えているそうです。
しかし日本における普及率はとても少なく、住宅形式が欧米化した昨今においては絨毯の普及は必須ではないでしょうか。